左胸に振動を感じるとほぼ同時に、フライトスーツのジャケット内で携帯電話の着信音が鳴り響く。
この瞬間は、なんの前触れもなく突如としてやってくる。
それは、回診で最上階の病棟に到達したまさにその時かもしれない。
それは、チームで重症患者の治療方針を真剣に議論しているその時かもしれない。
それは、手っ取り早く昼食を終えようとまさに即席カップ麺に熱湯を注ぎ終えた時かもしれない。
はたまた、体内に溜まりに溜まった老廃物を、外界へと解き放っている真っ最中かもしれない。
全てのことを中断し、足速に、救命救急センター1階の救急車受入口に向かう。引き留めるものは誰一人としていない。その日課せられたその者の責務を、皆が理解しているからである。
緊張感が全身を駆け抜け、鼓動が昂り始めた時、病院の全館放送がそれを告げるのだ。
「ドクターカー、出動します」
内因性か、外傷か。傷病者の人数は。年齢・性別はどうか。
どんなに思考を巡らしても憶測の域は出ない。ただ、あらゆる可能性を想像してしまうのは、毎度のことである。
センター内には、この時までに救急搬送されてきた患者や、自力で病院には辿り着いたものの、状態が悪い患者がベッドで横になり、診察や治療を受けている。
フロア中央にあるホワイトボードには、ベッドごとに患者情報が記入されており、空きのベッドも残すところあと1つである。
「受け入れ大丈夫ですよ」と、こちらが尋ねなくともその日のERを統括する救急医が心強い一言を投げかけてくれる。
「カテ室、連絡して待機してもらってます」と、一足先に患者情報を手にしたリーダーナースが先手を打ってカテ室スタッフを起動させている。
「CPA(心肺停止)か…」
次々と患者が搬入されてくる流れに逆行しながら受入口へと向かい、自動扉を開け外に出る。沖縄の照りつける日差しで一瞬目が眩むが、出動にむけてすでに待機しているドクターカーの姿がすぐさま目に映り込む。
ドライバーは救急救命士。助手席にはもう1人の救命士。消防司令センターから直接ドクターカー要請の電話を受けており、大まかな患者情報を手にしている。
助手席側の後部座席には看護師が乗り込み、すでに点滴の回路の準備を始めている。
自分が運転席側の後部座席に乗り込み、これで出動スタッフが揃った。
助手席の救命士によって、必要物品を持ち込んでいるか確認が行われる。そして、要請内容が皆に伝えられる。
「50歳代 男性、CPA。現場まで約8分です」
緊急走行を知らせるサイレンのスイッチ入れ、ドクターカーは現場へと走り出す。